資格があるから偉いわけではない理由
資格の価値ってなんだろう、と考えてみました。
これまで取ってきた資格
手前味噌ですが、これまでこんな資格をとってきました。
H22年(2010年)
- 日商簿記 1級・2級・3級
- 全国経理教育協会 簿記検定 上級
H23年(2011年)
- 税理士試験(簿記論・財務諸表論・消費税法)
H24年(2012年)
- 税理士試験(所得税法)
H25年(2013年)
- 税理士試験(法人税法)
H26年(2014年)
- FP 2級・3級
- 宅建
H27年(2015年)
- ITパスポート
- ビジネス会計 2級・3級
- 給与計算実務能力検定 1級・2級
H28年(2016年)
- ビジネス実務法務検定 2級・3級
アレがとれればコレもとれる。
そんな関係にあるものが多いので、重みに換算すると税理士試験5科目+0.6科目といった感じです。
また、日商簿記1級や税理士試験(住民税)はいちど落ちていますので、打率100%ということでもないです。
知識欲とか仕事のためにとるのであれば、健全だったかもしれません。
多少なりとも点取りゲーム・コレクションといった側面もあったので。
ただ、やろうと思ったことができるというのは、誰でも嬉しいことだろうと思います。
教科書どおりのことはすくない
浅く広く、が試験です。
深さや経験ももとめられる実務において、資格の価値はどうなんだろうか……?
また、知識があるゆえに知識にしばられる。
知識がないほうが発想が豊かかもしれない。。。
税金の計算は、足し算・引き算・かけ算・わり算しかつかいません。
何がややこしいかというと、あるものごとが法律にあてはまるかどうかの判断です。
計算の条件になるものですね。
この判断、資格の試験で自分がやることはほぼありません。
あったとしても、法律を覚えていれば解けるものです。
もし、計算の条件がわからなかったら……?
実務でむずかしいのは、この点です。
言い換えると、「教科書どおりのことはすくない」ということです。
事実は小説より奇なり、と言いますし。
そこで必要になるのが、状況を聞き出すちからや本音を推測するちからだったりします。
とくに大事なのが本音のところです。
本音って言いづらいときもありますからね。
こういう能力は、資格があるなら持っている、とはならないものです。
経営者なら誰でも「自分の思うとおりにやってみたい」と思っているはずです。
もし、税理士やそのほかの専門家などが言うことに納得できないことがあるなら、「自分はこう思う・こうならないか?」と相談しましょう。
状況や気持ちが伝わっていない可能性があるかもしれません。
資格があるからといって全てを持っている・偉いというわけでもないですから。
点数のつかない勉強
経営は、資格の試験のように点数がつくものではありません。
商工リサーチとか帝国データバンクなどありますが、そういう意味ではなく。
(これらで良い点数をめざす、というのはアリかもしれませんが)
売上や利益がふえた・へった、ということは数字にあらわれるので点数がつくようなものかもしれません。
ただ、自分の満足度はどうか?
また、事業には数字にあらわせない問題もあると思います。
もし気になっていることやストレスがあるなら、それが数字にあらわせないものかもしれません。
これらを解決する・より良くしていくのは、点数のつかない勉強をしているようなものです。
これも、経営のむずかしいところだと感じています。
いろいろお聞きしていると、教科書にあるような答えでは通用しないケースがほとんどですし。
でも、答えは経営者自身のなかにあるはずです。
「自分のやりたいことは何か」
迷ったら、一度ここに戻ってみるのはいかがでしょうか。
※ 記事作成時点の心境に基づいています。