なにかを学ぶときに意識すべきは「当たり前が変わること」
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。人の振り見て我が振り直せ。
どちらも自分の経験だけではなく、ほかの人からも学ぶことを示唆しています。
学ぶための時間とお金を天秤にかけるのも、経営の一環です。
歴史と経験。どちらに学ぶか
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
この趣旨は、自分だけではなく、ほかの人の経験からも学ぶ…ということでしょう。
似たものとして、こんな言葉もあります。
人の振り見て我が振り直せ。
でも、これらを実践するのはそう簡単なことではありません。
自分が痛い目にあえば、実感するし、二度とくり返さないと自然に思えるものです。
思ったところでくり返してしまう……ということはあるにせよ。
いっぽう、ほかの人が痛い目にあったとき、自分のことであるかのように感じられるかには、疑問がのこります。
なにも体験せずに、なにかを感じるには、相当な共感力のようなものが必要でしょうから。
ただ、上記の言葉は「真似をする」ことでも実践できます。
- よいと思ったら、真似をする。
- よくないと思ったら、真似しない。あるいは遠ざかる。
これらも「学ぶ」ですから。
なにかを変えたいとなったとき、学ぶのは大事です。
そして、学べば、なにかが変わるはずです。
学ぶなら、なにが変わるかを意識してみましょう。
学べば変わる
学ぶというと、勉強する、なにかを取り入れる、というイメージです。
ただ、それだけではなく、知らなかったことを取り入れ、それをやってみることも含まれます。
勉強してからテスト、のように。
こうしたことを通じて、つぎのように自分が変わっていくのが、学ぶ目的です。
- できなかったことが、できた
- やりたかったことが、できた
- 知らなかったことを、覚えた
このように自分が変わったことは、しばらく経つと忘れるものです。
もはや当たり前になってしまい、変わる前のことが思いだせない…ことってないでしょうか。
- だれかに、ゼロから何かを伝えるのは難しい…
これは、変わる前のことが思いだせない状態にちかいものです。
つまり、学ぶというのは、当たり前が変わることが目的でもあるのです。
いちど当たり前が変わると、将来にあるものも変わります。
たとえば、お金や数字。
これらは、あるのが当たり前です。
もし無かったら、いまでも物々交換をしていて、数字がないのは想像できません…
お金や数字がなかったときからみて、今が将来です。
その変化は、とても大きいものでしょう。
うまい例えが思いつかなかったですが、当たり前が変わることをくり返して、進歩や発展をしてきたわけです。
さて、みなさんの事業において、いまの当り前ってどうなっているでしょうか。
学ぶには時間がかかる
学ぶとは、当たり前が変わること。
当たり前におもっていることが変わらないのなら、学んでいないのかもしれません。
(もちろん、変わらなくてよいものもあるでしょう)
すると、進歩や発展もありません。
進歩や発展というと大袈裟かもしれませんね。
もうすこし身近な「できない・やりたい・知りたい」があるなら、学ぶべきです。
でも、事業をするというのは大変です。
どんな経営者も、忙しいものです。
すると、学びたいけど時間がない……と。
このときに、お金と時間、どちらを選ぶかという大問題がふってきます。
仕事をしながら学ぶ、という方法もあります。
新しいことを取り入れながら仕事を変えていく、という風に。
ただ、学びたいことは、かならずしも仕事に取り入れられるとは限りません。
いっぽうで、もっとハッキリ時間をつくる方法もあります。
- 仕事をへらす
- 値付けをあらためる
でも、この方法だと、当面のお金はへることになってしまいます。
もしかしたら、将来はより稼げるようになるかもしれませんが。
あらためて、何がやりたいのか・今の自分をどう感じているか、見つめましょう。
そして、当たり前になっていることを、疑ってみましょう。
なにかを学んで変わった将来から今の自分をみると、その当たり前はそうでもないかもしれないですし。
もし、行きたい方向を自覚しているなら、時間をつくり、学びましょう。
(お金が足りなくならないように、計算してから)
※ 記事作成時点の情報・法令に基づいています。
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