宮本武蔵「五輪書」を読んでみた

本を読んでも、事業が上手くいくとはかぎりません。

それでも、本を読むことをおススメしています。

 

五輪書とは

宮本武蔵の「五輪書」を読んでみました。

 

宮本武蔵は、人生をつうじて60回ほどの勝負をしたとされています。

そして、そのすべてにおいて無敗だったといわれる江戸時代初期の剣豪。

勝負といっても、おそらく真剣で…でしょうね。

くわえて、彼がつくった絵画や工芸品、仏像なども残っています。

 

その宮本武蔵が、亡くなる数年前に書いたとされているのが「五輪書」。

きっと人として熟している、境地に達した、そんなときに書かれたものでしょうね。

そのなかから、興味をひかれた言葉などを抜粋していきます。

原文ではなく、訳文ですけれどね。

 

五輪書からの抜粋

五輪書は剣術にかんするものですが、あらゆることに通じることも多く書かれています。

 

太刀を早く振ろうとすると、太刀の道にさからって振りにくい。太刀は、振りよいよう静かに振る心なり。

 

仕事でもなんでも、急いでやろうとすると。

まさしく、こういうことってあるよな…と思います。

なにか道理のようなものに逆らうから、かえって間違ったりすると。

「静かに振る」のは、きっと心持ちのことでしょうね。

時代柄、勝負とは生き死にがかかったものだったでしょうけれど。

それでも「静かに」とは、きっと現代でいう平常心とは別次元のもの。

遠いものだなあ…と。

 

よくよく鍛錬すべし。よくよく吟味すべし。よくよく工夫すべし。

 

これらは、五輪書のいろんなところに、何度も出てくる言葉です。

なにか1つのことについて書かれた文のまとまりの最後に、上のどれかが締めの言葉として。

○○は△△の心なり。よくよく吟味すべし…という風に。

そもそも五輪書は、それほど具体的なことは書かれていないように感じます。

剣術の素養も関係するとおもいますけれどね。

概要を説明して、あとは自分で考えろ…というような向きが強いかも。

その「自分で」ということが大事なんでしょうね。

それを裏付けるのが、つぎの言葉です。

 

万事において我に師匠なし

 

この言葉をちゃんと理解するには。

時代背景や、きっと宗教の影響はいまより大きかったでしょうから。

それに武蔵が置かれていた環境や健康状態、地位などもかんがえる必要があるとおもいます。

…にしても。

「万事において我に師匠なし」と言い切れるだけの心境とは。

 

なにかを極めようと思い立ち、自身の意識としてそこに至ったかどうかはさておき。

それだけの鍛錬、吟味、工夫を積み上げて。

自身で納得できるなにかを得た…ということでしょう、きっと。

 

わたしはとても武蔵のような心境ではないですが。

もしそう言えるなら…をあらわす適切な言葉すら見つかりません。

今の世に、武蔵とおなじ心境を持っているひとが、どれくらいいるんでしょうね。

 

より遠くに行くには

武蔵が生きた江戸時代あたりにくらべれば。

現代は比較にならないくらい、便利で、知識や情報もおおく、寿命もながくなりました。

でも、人としてどうか…とかんがえたとき。

人の本質はそう変わっていないのかも。

だれでも、どんな時代でも、ゼロから始めるような。

 

それでも、より遠くに、深くでも高くでもいいですが、にたどり着くには。

どうしたらいいんでしょうね。

 

そのとき一つの助けになるのが、本を読むことだと思っています。

もし尊敬するひとがいるなら、真似してみたり、話をしてみるのは良いことです。

ただ基本的に。

われわれは、人の言うことを聞かない傾向にあるのではないか…と。

じぶんで発見したい、やってみたい、試してみたい。

だから楽しかったり、やりがいを感じたり。

そんな傾向があるようにおもうのです。

 

そのとき本を読むということは。

書かれていることのなかから、「じぶんで」じぶんにとって大事なことを選ぶようなもの。

だから素直に入ってきやすいはずなのです。

そしてそれらの中には、人類の叡智のようなものもたくさんある。

それらを吸収できるなら、より遠くまでいく助けになるとおもうのです。

 

本を読んでみましょう。

きっと、その効果はすぐにはあらわれません。

でも振り返ったとき、「それのおかげで自分が変われた」ということがあるはずですから。